2018-07

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「国が」を「国を」に

あるTVインタービューで行政職員が管轄住民から被災に関する相談を受けていた。そこでその行政職員から出た言葉は「国がやってくれない」である。

こんなシーンが日本全国に蔓延していないか。言われた住民は「うーーーーん」と黙り込むしかない。

ある市町村では原発事故関係で問題になっている学校給食に関し、独自に放射能の基準を設定し、独自に食材を調達しているそうだ。国が信用できないため、地域の行政、学校、住民が相談して決めた事だそうだ。本来、国が国民の信頼を受けて厳格なる安全基準を設定しなければならないところなのだろうが、その国が正しく動かない。だから地域が独自に動いたのである。「国が駄目なので、地域がやった」という例だ。
この例は子どもの体に関わる大問題であり、このような動きが加速されたのだと思う。

私が接していて自治体職員の悪い意味で最も特徴的なのは何かを相談された場合、「それはどこどこでやっている」と自分以外の担当を紹介するのが実に早いことである。これと同様なこととして、「それは法律で決まっている」があり、そして「それは国がやる」である。

このような言葉を発した後に、「では、私が何々してみます」という自分を主語にした言葉あれば相談した方にもまだ道が何かある。しかし、何もない。そして諦める。せいぜい次のたらい回し場所を聞けるくらいなのだ。

自治体職員が自分を主語として住民と接することがない限り、そういう地域には「自治」「自治体」「地方分権」などありえないと私は思う。かりにそこに「自治」という表現が示されていたとしても、それは単なる飾りである。「国が」の発想のうちは「自治体」ではなく「御用自治体」なのだと思う(御用自治体の良否は別として)。

真の自治を冠する自治体は「国が」ではなく「国を」でなくてはならない。現場(住民、地域)のため、国を動かさなければならない。自治体職員にそういう視点や立ち位置がなければならない。そうでなければ、公務員の言っている「自治」「自治体」なんて住民には到底理解できないし、理解したいとも思わない。そういう理解のない中で「自治」は何も進展しない。









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