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2019-12

電車の中の風景

今朝、通勤電車に乗った。
最近は携帯を見る人の年齢層の幅が広がった。

さて、とても気になることがある。
それは女性の化粧である。
コンパクトを片手に実にいろんなことをしている。この間は吹き出物に軟膏を塗っていた。時折携帯に目をやっている人もいる。
化粧品の入ったカバンは開けっぴろげで中が丸見え。化粧といっしょにジュースを飲んだりパンにかぶりついたりの人もいる。混んでいるのに2人用の席に1人ででんとすわる。さすがに察したのか微妙にスペースは空けた。しかし、微妙であり、多少勇気のある人でないと座れない。

他人に迷惑をかけているわけではないということなのだろう。

しかし、おかしい。これらの現象は携帯が普及しだしてから発生し、そこには何かしらの因果関係があると思われる。
彼女らにとって隣の生身の人よりも携帯電話の向こうの人のほうが常に大切なのだ。彼女は携帯電話とともにどこにでも彼女の個室をつくるのである。周囲は人ではなく、物体である。

僕らにも全く身に覚えのない話でもないだろう。会話の途中で携帯に電話やメールがあり、そこに神経が一瞬移る。その時いっしょにいる人は多かれ少なかれ(非常に微細でも)一種の寂しさを感じるだろう。大きな一瞬であったりする。

目の前の人と向き合えないで人なのかよー。人は人であり、人だろう。犬も猫も道端ですれ違えばお互いに何かを感じ合っているではないか。目の前に困っている人がいるじゃないか。何もできなくても声をかけられなくても、せめて感じることはできるだろう。
大げさと思うが、涙が出る。

単なる彼女らの流行であり、すたれれば終わるものであれば、いい。しかし、そうでないのであれば、事は深刻であろう。彼女らの子供はいったいどう育てられるのであろうか。自己中心というのは自己の周りにまだ人が存在するが、これからは自己ネットワークオンリー型で、自己の形成するネットワークにいない人には全く関心のない人になってしまうのではないか。ご都合ネットワーク。そのネットワークがどのようなものかは、まだあまり私にはわからないが。

冬の訪れで渡り鳥が群れをなし空を飛ぶのをみて、その美しさに感動する。生きていくための群れ。ネットワーク。

ITの発達で様々なネットワークが形成されるが、自然の摂理をないがしろにしたものが多くを占めるようになった時、生きていくためのネットワークが崩れていくのではないか。
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