2017-10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

遠くに離れるという事

 通信と交通がこれだけ発達したならば「会おう」と思った時に会いに行き、伝えたいと思った時に伝える行動はできるのだろう。しかし、自分でいくらそのように思い考えても相手が受けるかどうかはわからない。いつも身近にいて相手のことが何となくでもわかっていればそれを考えて会う事ができ伝えることもできるかもしれない。が、離れていればお互いに知っているようで何も知らない。まあ、離れていなくても知らないことは多いのだが、離れることをもう少し深く考えてもいいのではないかと思ったのだ。

 ある俳優さんが言っていた。仕事で親と離れて暮らすことになった。その時点で親と会うことはない覚悟をした、というようなことだ。一般的には「帰省」という形で親とは離れた後も会うと思う。しかし、人によっては、例えばこの俳優さんのような決意と覚悟の場合などは該当しないのである。

 離れるということは会いたい時にいつでも会えないのであり、話したい時にいつでも話せないことを意味するのである。だから一期一会というのは本当に大切なことだと思う。たった数時間の出会いが一生心に残ることもあるだろう。人の暖かさのようなものが自分の心を暖かくしてくれる。自分もまた少しでもわずかでも熱源になれたらうれしい。

 人はいつまでも暖めあうことはできない。けれど、一時の暖め合いがそのまま心の中で続くのだと思う。永遠に。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://taisetsunakoto.blog20.fc2.com/tb.php/130-8b909d46
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

プロフィール

中山慶一

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。