2011-02

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自治とは

「地方自治」「地方分権」などの言葉は誰しもどこかで耳にしたことはあるだろう。しかし、このことの解釈についてはバラバラだろう。

「自治」とはどういう人々で共有されていなければならないのか、されているべきなのか。私は思う。「自治」の対象としている人々がいて、その人々の中で誰か長を決めるとした時、誰にも長にならなければならない責任がある、という人々。そういう人々で共有されていなければならないと思う。もちろん長には適正もあるだろうが、もしも何か(天変地異など)で人々が2人になってしまったらその時は適正の有無に関係なく引き受ける責任である。

 さて昨今マスコミ等で出てくる「自治」はどういう人々で何を共有しているのであろうか?マスコミ、行政、大学、議員に所属しない人には「自治」をどう捉えているだろうか。想像であるが、それは町内会なのではないだろうか。もっと身近なことをいえば「自分自身」になるのではないか。

 昨今マスコミ等で出てくる「自治」は現場の問題にほとんど目が向けられていないように感じる。現場とは私たちの暮らしやコミュニティそのものである。町内である。街である。マスコミ等で出てくる「自治」の見ている現場は役所だと感じる。この良否はわからない。ただ、このままならば役所のレベルにおいても「自治」は一向に進まないだろう。

 一部の人たちが自治のために何したかにしたと言っている。それも必要なことだろう。ただそれ以上に町内会で頑張って活動したり取り組んでいたり新たなことにチャレンジしていることのほうがよほど自治に近く将来のためになるだろう。こういう町内会活動を成長させていくところに本当の「自治」があると思う。もちろん町内会活動にも悪い面はある。それは是正していくことだ。

 地域の住民から地域の町内会からボトムアップで進んでいる自治の町が増えることが日本にとって望ましいことだと思う。首長が誰になっても不変な自治文化ができることだ。
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