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2010-08

自然を感じること

2010年夏。
天気予報の外れが多いそうだ。
気圧が不安定なため、気象庁の最新の機器をもってしても難しいといういことである。

予想しない豪雨により被災する。
普段はない気温により熱中症になる。
こんなようなことが多い夏なのである。

こんな天気予報の外れにクレームを入れる人もいるそうである。
「洗濯したら雨になってしまったじゃないか」など。

自然災害の場合、その予想や実態に関する情報提供にに関して問題視される。
それはひとつの側面から考えなければならないこととして良いだろう。ただ、もっと個人の自然に対する洞察力や想像力、感じ方について反省するべきだ。

前述の不安定な気圧の変化、機器では感じれなくても生身の人間にはわかることも多々あるのだ。それこそ毎日空を眺めれるし、風を湿度を温度を感じれる。こういったことも重視すべきだ。

文字や映像による情報ではなく、自分が肌で感じる情報に対してどのようむ向き合っているのか。このへんについても常に言及することだ。



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これからは自治力

最近、TVで国政関連のニュース等が出てくるとチャンネルを替えます。何故なら、聞いているのが嫌だからです。何故か?何が本当で何が本心なのか何もわからないからです。

現役政治家が自分を坂本龍馬になぞらえて発言していましたが、彼は何を考えているのでしょうか?坂本龍馬は命をかけて事に当たっているわけです。そのような政治家はいるのでしょうか?

命をかける覚悟を持っている人を私は政治家といいます。命を粗末にするというのではありません。政治家が正義と信念で事にあたる以上、そこには必ずそれを拒もうとする人間が出てくるからです。


さて、話が早速それてしまいました。

今、日本で国レベルでも地方自治体レベルでも個人レベルでも問われているのは「自治力」だと思います。

自治に関するノウハウを持ち、そして「行動」することです。



市民、住民が地域で暮らすために必要なことを自ら議論し考え実践することです。

しかし、行政レベルから見聞きする話は違います。
なんだかんだいっても上を見ています。周囲を見ています。その見る行為が「参考」ではなく、「中心」になっているのです。行政レベルでは「中央集権」「全国金太郎飴」という回路なのでしょう。「体質」とかではなく「回路」になっているので一旦切らないと修正できないのです。


「自治力」とは基本的にはその地域のオリジナルです。オリジナルの行動・実践です。これをどのレベルのどのような組織や個が行なって行くかがこれからの日本社会の動脈づくりだと思います。
 
 

テーマ:これでいいのか日本 - ジャンル:政治・経済

最低賃金設定について

労働者の最低賃金の設定が時々引き上げられる。

設定の仕方に問題があると思う。最低賃金時給○○円、という設定の仕方だ。


日本が国民に対して何を保っていこうとするのか、だ。

最低賃金時給○○円とすることで、どうなるか?

雇用主は5時間/日×5日/週だけ雇うとする。
これで労働者は自立して生活していけるのだろうか?
1日5時間働くということは、それで1日潰れるのである。足りない人は夜や他の時間も働いているのだろうが、それを標準にしてはならない。

つまり。
まずは8時間/日×5日/週の人の最低賃金を自立した暮らしができる、と想定できる範囲に設定すべきだと考える。

では、自立した暮らしとは何か?
ここを明らかにすることが「日本」として民を国に所属させるための責任である、と思う。憲法をどう捉えているか、である。


最低賃金時給○○円。
ともかくこの設定の背景があまりに短絡的だと思うのである。
別途話をするが、日本の社会保障をどうするか、なのである。「雇用」「暮らし」である。年金制度だってまだまだおかしい。定年しても年金が出ない制度なんでおかしすぎる。それなのに皆さん大きな不満もなく定年後に職を探す。こんなことではいつになっても日本の政治はよくならない。「天下りをなくす」なんていったって、定年後に年金が出ない社会じゃあ、なくなるわけがない。


話があっちいったりこっちいったりするが。

今の日本は「だめだ」という政治家は多いが、根っこの問題と対策について話ができる人は誰もいない、というかお目にかからない。
国民が「協力したい」と思えるものがないと国は成り立たない。





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