2008-02

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信じられないエベレスト登頂

中国がオリンピックの聖火をエベレストの頂上に
持っていくことをイベントとしてやるという。

一体何を考えているのだろう。

相当のお金と人を使って達成に向かうのだろう。
自然まで使うことができると思っているのだろうか。

オリンピックは安全な場所で選手が人間として
持っている運動能力を純粋に競うところが魅力だ。
ところがそれを忘れ、このような危険をおかすイベ
ントに走る。

イベントが奇抜であればあるほど心配である。
安全とか公平さとかの根本的なところがなって
いないのではないかと勝手に危惧する。





オリンピックとは

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日本の誇り

事故を起こしたイージス艦の艦長の
記者会見でのコメントをTVで聞いた。
「私に責任があると思います」

「思います」。
ここに日本が失ってきたものが
集約されているようでならない。

艦長は海にただ一つ浮かぶ船の最高
責任者だ。サッカーの監督が敗戦の
コメントでこのように結ぶだろうか?

重箱のすみをつつくと思われるだろう。
しかし、こうしたところに本人の
真意が現れる。新聞では「思います」
は記載されていなかったが。



日本の誇りは
「正々堂々」
だと私は思う。

言葉の解釈論をするつもりはない。

常に中身で勝負。
結果を率直に受け止め潔く負けを
認める。

ところが、昨今はこの正々堂々に
めったにお目にかからない。

目先の結果を出さんがための
行動がまかり通っている。
言い訳も多い。

技術の日本と言われてきた。
その根幹は正々堂々だと
思う。

私たちは
正々堂々を見抜けなければならない。
周囲の雰囲気などに惑わされたり
流されたりして本質的に大事な
事や人を失ってはならない。

政治に今求められているものも
同様だと思う。
正々堂々と行動する者が
それを持続できるようでなければ
ならない。本来、そのような環境
になっていくことが大切である。

家族の父が家族に何かあった場合
「私の責任です」などとそもそも
コメントしないだろう。父=責任
なのだから。
そういう意味で、組織の長たるもの
責任に対する自覚があまりにもなさ
すぎる人が多いと感じる。

そもそも「責任あるか、ないか」と
やっている時点で、その人には大し
た役割がなかったということなので
ある。

もちろん正々堂々は生半可なものか
らは生まれない。




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