2005-11

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信頼

昨今、フリーターの問題がある。
フリーターに問題があるという論調があるが、それには疑問を感じる。
優秀な人材もフリーターにならざるおえない雇用情勢にあるからだ。
フリーターといっても沢山の種類があるわけで、それを一緒にするのはおかしい。

さて、そんなフリーターの中でも特に人とのコミュニケーションに問題が
あるとされる人に対して、いろいろ学べ、というようなことが言われている。
時間を守らない、礼儀を知らない、文章を書けない、だらしないetc。
しかし、これら個々をいくら言っても「なんでー」となるのではないだろうか。

たまたまフリーターのことで思ったのだが、日頃の仕事の中でいかに信頼関係を
築くかが基本であると思う。仕事に限らず全ての人間関係において。
ところがこの信頼関係、いろんなところでズタズタになって来ていると感じる。

この信頼関係ってどういうことでどのように築けるのか維持できるのか。
それはおのおの考えるしかないだろう。
例えば、心のない表面上の行いは、やがてほころびを見せるだろう。

信頼してもらいたいし、信頼したい。そのために自分が何をどうするのか。
おのずと答えは出てくるはずである。





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民にできることは民への意味

郵政民営化や地方の指定管理者制度など、民にできることは民にという政策が進められている。

さて、この民にできることは民にとはどういうことなのか。
考えてしまう。何故考えてしまうのかというと。
移管すればいいんだな、という投げやりな風潮を大いに感じてしまうからである。そこに、移管することでどういうメリット、デメリットがあるの考えた痕跡がみえないからである。国が言えば国に従う風潮だ。

最も大切なことは官が変わることにある。いや、皆が変わっていかないとならない。
変わらない官を放棄し(変わることを放棄)、民に任せるというのでは、結局何も変わらないのではと想像する。民も官も同じ人間。所詮同じ穴のむじなではないか。
基本的に民はユーザとの対話で良いことをどんどん実行する。
ユーザーとの対話の構図がない状態。要するにユーザーでなく官(悪い官のことで良い官のことではない)を向いた構図では民といえども大したことにはならないだろう。NPOといえども実際に悪い官に向いているならば同じこと。

良い官とは良い官になろうと<本当に>頑張っているところのこと。そういう心がかよっているところのこと。

官から民になったが、結局看板のかけ替えでしかなかった、
ということにならないようにするためには、結局国民(官も民もない)皆が変革していかないとならないということだ。

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